塩狩峠
著者:三浦 綾子
刊行:1968年9月
評価:★★★★☆☆☆☆☆☆ 4点
ストーリー:十歳の永野信夫は、母は既に亡くなったと聞かされて育った。だが本当は母は生きていた。キリスト教を邪教と嫌う祖母によって、母は家を追われていたのだった。祖母の死後、家に戻った母。幼い自分を捨ててまで信仰を貫いた母に対するわだかまりから、信夫もキリスト教を好きになれなかった。やがて信夫が成長していく過程で様々なキリスト信者が彼に影響を与え、彼自身も神の愛を強く信じるようになる。そして愛するふじ子との結納のため札幌へ向かう途中、信夫の乗った客車は突然機関車から離れ、急な峠の坂をゆっくり後ずさりし始めた。
感想:ものすごく宗教色の濃い作品。著者自身が敬虔なキリスト信者であり、かつ本作もキリスト教団の機関誌に掲載されていたのだから、当たり前と言えば当たり前ですけど。だから、「小説」として普通に本作を評価するのは少々難しいです。
普通の子供だった信夫が神の愛に目覚め、立派な人格者へと成長し、神に全てを捧げながら周りの迷える者達を導き、最後には自らの命を顧みず殉死を遂げる。実話だったそうですが、あまりに立派過ぎます。うがった見方かもしれませんが、そんな美しい信夫の生涯でさえ、布教活動に利用されているような気がして、何だか寂しくなりました。私自身が無宗教からかもしれませんが、あまりにも美化し過ぎてないでしょうか。なんだか聖書を読んでいるようで人間らしさ、人間臭さが感じられませんでした。
宗教の本質とは、私個人は「魂の救済」だと考えています。信じることで救われ、迷い無く進むことが出来るもの。つまり信じる者の魂さえ救済すれば良いと思うのですが、他人に教えを強要したり、あまりに排他的過ぎる宗教が多すぎないでしょうか? 自らを信じない者を「殺せ」と命じる神って、一体なんなのでしょう? B’zの詩でもありますが、「信じる者しか救わないセコイ神様」って、ホントに大きな愛を持ってるのでしょうか?
日本人って特に宗教観が曖昧な民族だと思います。「仏」と「神」の違いについて明確に説明できる人って、どれ位いるのでしょうか。ちなみに私もあやふやです。そんな私にとって、本作は高尚過ぎました。確かに信夫は素晴らしいと思います。彼のような人間ばかりなら、世の中にきっと争いは起こらないでしょう。ですが、「私も信夫のように生きよう」とは思えませんでした。信夫の周りの人間が、過ちを起こす哀れな弱い者として描かれていましたが、私はそちら側の人間です。ですがそれなりに一生懸命生きている積もりです。信夫と自分を比べて悔い改めろと言われているような気がして、やっぱり普通に評価することが出来ませんでした。素直に神の愛に目覚めることの出来ない私は、神を信じる人たちから見れば、哀れな子羊としか見なされないのでしょうか?
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