とせい
著者:今野 敏
刊行:2004年11月
評価:★★★★★☆☆☆☆☆ 5点
ストーリー:今の時代には珍しく任侠道をわきまえたヤクザ、阿岐本組。日村誠司はその代貸を務めている。ある日組長がいきなり突拍子もないことを言い出した。兄弟分の組が債権を持つ倒産寸前の出版社の社長になると言う。日村は役員らしい。唖然とする日村だが、親の命令には逆らえない。組のシノギをこなしながら出版社に出向く日村。堅気の仕事を手伝う若い衆はなんだか嬉しそうだ。出版社の人間も、素人の意見に触発されてやる気をだす。だが、闇金とのいざこざやマル暴の挑発など、次から次へと起こるトラブルが日村を悩ませる。そんな日々の中でヤクザは堅気から、堅気はヤクザから、それぞれ何を学ぶのか。
感想:少し古い映画だが武田鉄也の「刑事物語」の中で、「ヤクザと暴力団はこんにゃくの裏と表だ」というようなセリフがあった。そのココロは「一見似ているが良く見ると違うモノ」らしい。幼かった当時の私には何のことが分からなかったが、「ホモ」と「オカマ」と「ニューハーフ」の区別さえつくようになった今なら何となく解る。そしてこの作品で描かれているのは「ヤクザ」の方だった。
世の中の暴力団がもし全てヤクザだったとしたら、それはそれでなかなか住み良い社会なのではないだろうか。正に必要悪と言える。「民事不介入」などと都合の良い時だけ奇麗事を言う警察より頼りになるかも知れない。フィクションである本作を読むと、危うく「とせい」の世界に憧れてしまいそうだ。ただ、残念なことに実際の世の中は暴力団のほうが圧倒的に多いように感じる。
ヤクザにしても暴力団にしても、堅気の世界よりよっぽど厳しいと思う。本作ではヤクザの人間が「堅気の仕事も大変だ」と言っているが、比べ物にならないだろう(ヤクザや暴力団に入ったことは無いけど)。良く落ちこぼれやチンピラが、所謂「極道」の世界に入っていくと言うけれど、そこでのし上がっていけるような人間なら決して落ちこぼれやチンピラではない。というか、立派に堅気の世界でも暮らして行けると思う。半端な堅気の人間よりも、よっぽど度胸も器量も良いだろう。なのに何故わざわざ極道へと進むのか?不思議でしょうがない。一度聞いてみたいものだ。そうすればこんやくの裏と表が分かるようになるだろうか?
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