石田 衣良

ブルータワー

ブルータワー (徳間文庫 い 43-4) 

著者:石田 衣良

刊行:2004年9月

評価:★★★★★★☆☆☆☆ 6点

ストーリー:末期の脳腫瘍患者、瀬野周司。超高層マンション55階の一室で、確実に訪れる死を静かに待つだけの毎日。ある日、耐え難い頭痛が周司を襲った。痛みで意識を失った周司が目を覚ますと、そこは200年後の世界だった。その世界では殺人ウイルスが蔓延し、人々は高さ2キロメートルの塔の中に閉じ込められて暮らしている。その塔の中では圧倒的な階級社会が確立し、上で暮らす者と下で生きる者の間にはどうしようもない憎しみが存在した。その憎しみは、もう止めようのないところまで膨れ上がっている。死にかけの自分に、こんな世界が救えるのだろうか。

感想:SF小説には必ず矛盾が付きまとう。重箱の隅をつつくような目でみると、どうしても辻褄が合わない部分が出てきてしまうものだ。だからSF小説を読むときには、あまり細かいところを気にしないようにしている。そうやって読むと、この作品はとても面白い冒険SF小説だ。読んでいて昔よく遊んだRPGを思い出した。魔物を退治するために仲間と旅をして謎を解き明かし、最後に世界を救う主人公。周司は正にRPGの主人公だった。

あとがきにあるように、石田さんは9・11に影響されてこの作品を書いている。私もあの夜(日本では夜だった)のことは良く覚えている。確か日曜日だったと思う。NHKで「プロジェクトX」を見た後、風呂に入ろうかと思いながらグズグズしているとニュース番組が始まり、煙を上げるWTCが映っていた。断片的な情報しかキャスターは喋らないし、その時は単純に大変な事故が起こったとしか思わなかった。そして暫くすると突然画面に飛行機が現れ、煙を上げてない方のタワーに突っ込んでいった。その瞬間事故じゃないと直感した。あの日のNYは雲ひとつ無い快晴で、真っ青な空と黒い煙のコントラストが、全く現実感の無い映像に感じられた。あれから世界はアメリカ主導で動いているが、それで世界が良くなったとはとても思えない。

石田さんもアメリカの遣り方に好意を持っていないのではないか。作中の七塔連合と現実世界の多国籍軍(というかはっきり言ってアメリカ軍)が重なって思える。自分以外の死は、世界の秩序維持のために必要だと割り切っているあの態度。世界の秩序どころか自分の利益のためだろうけど。

私はアメリカにとっての正義そのものが間違いだとは思わない。誰でも自分の利益を追求しようとするし、私達だってそうだ。ただ、その正義の貫き方が気に入らない。「我々の正義こそが唯一絶対の正義なのだから黙って従え。さもなくば排除する」的な、相手の正義を自分にとっての悪としか見なさない遣り方に腹が立つ。たとえ正しいことを言われていても、これだと反発してしまう。まるっきり頭ごなしだ。

以前、ある国のスポーツ記者がアメリカのバスケットボール関係者にインタビューしたそうだ。「何故バスケットボールは1つのゴールが2点なのですか?」と。アメリカ人はこう答えたという。「それがアメリカの遣り方だからだ」。そう、この考え方そのものが正に「アメリカの遣り方」だと思う。「アメリカがこうするのだからお前達もこうしろ。そこに理由なんて求めるな」。「アメリカの考え方こそが正しいのだ」。テレビでよく見かける(自称)コラムニストのケビ○にもこの思想がプンプン漂っている。「アメリカでは正しいことでも他の国では事情が違うでしょ?」って事をまるで考えようともしない。それじゃ素直に聞ける訳が無い。(ちなみにケビ○ってアメリカ生まれの日本人でしょ? なんであそこまでアメリカ礼賛なんでしょ)

この作品はアメリカとテロリストという関係を塔の上下に置き換えて、今の世界が間違った方向に進んでいると訴えている。そしてアメリカのやり方でもテロリストのやり方でも世界は救えないと言っている。確かに世界を救えるのは周司のようなニュートラルな立場で考えることのできる人間かも知れない。いつか現実の世界でも周司のような人間が現れてくれるのだろうか。

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うつくしい子ども

うつくしい子ども (文春文庫) 

著者:石田 衣良

刊行:1999年

評点:★★★★★☆☆☆☆☆ 5点

ストーリー:東京近県の学研都市。三村幹生はそんなユータウンに住む普通の中学2年生だった。ある日、緑豊かなユータウンを騒然とさせる事件が発生した。九歳の少女の殺人事件。現場に残された猟奇的なメッセージ。街の様子を一遍させた事件の犯人として“補導”されたのは、幹生の一つ下の弟だった。この日を境に幹生の家族の生活は一変する。なぜ弟は人を殺したのか。その心の中にある真実を求めて、幹生は自分なりの調査を始める。やがて幹生は一人の少年のことが気になりだした。

感想:事件が起こってからかなりの時間が経った今となっても、何か少年による凶悪な犯罪が発生するたびに比較対照として取り上げられる「酒鬼薔薇聖斗」。本作がこの酒鬼薔薇事件を意識して書かれていることは間違い無いだろう。裏表紙にも「十三歳の弟が犯人」と書かれているため、単純な犯人探しのミステリー小説ではないと思って読み始めた。そういう意味では少し裏切られた気持ちだ。

なぜ少年が人を殺すに至ったのか、そこに至るまでにどんな心の移り変わりがあったのか、少年の家族はこの出来事をどう捉えたのか、学校や地域社会はどう関係し何を学んだのか。こういった社会的な切り口で、例えそれが正解でなくても作者なりの考えが展開されているかと思ったが、もともとノンフィクションではないのだから勝手に期待しすぎたのかも知れない。ただ、単なるミステリー小説と割り切ったとしても、弟に殺人を教唆した人物も途中でわかってしまうためどんでん返しも起こらず、本格ミステリーというのとも少し違う気がする。弟が犯した罪を共に背負って前に進もうとする兄の姿に感じるものはあったけど。

酒鬼薔薇事件については、少し思うことがある。それが原因の全てとは言わないが、私は当時少年が殺人を犯すに至るまでに、地域社会が少年に与えた影響は大きいと思う。非難されるかも知れない。そして全ての人がそうだとも言わない。でも、酒鬼薔薇事件が起こったニュータウン周辺に住む人々の中には、独特の価値観を持つ人が他の地域に比べて少し多いような気がしてしょうがない。これは私自身の体験からだけで言うのではなく、複数の知人も同じように思うと言っていた。特にニュータウンと呼ばれる街の中で生まれ、育った2世が当てはまると思う。「わがまま」という言葉だと単純過ぎる気がするが、思い通りに行かない状況に対する耐性が低いように感じる。仕事でもプライベートでも、「えっ?!」と思うような人と何人か出会った。もちろん、私の抱く価値観が唯一正しいものではないが、それでも信じられないような言動をする人を見るにつけ、巨大な街とは言うものの山に囲まれた同質性が強いコミュニティーで暮らすことに、少しの恐怖を感じたことがあった。作者も本作で同様の指摘をしている箇所がある。もっとも作者はこの考えを否定的に捉えているけれど。

結局、既に発生した犯罪についてあれこれ検証してみても、人間の行動について完璧に分析や分類することは不可能だろう。どんなに犯罪から遠ざけても、罪を犯すべくして生まれてきた人間は罪を犯してしまう気がしてならない。ただ、環境によってその切っ掛けを減少させることは出来ると思う。そう考えなければ救われない。

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約束

約束 (角川文庫 い 60-1) 

著者:石田 衣良

刊行:2004年7月

評点:★★★★★☆☆☆☆☆ 5点

ストーリー:苦しみから立ち上がろうとする人々を描いた短編集。

「約束」。在原葉治は土井汗多にとってほんものの英雄だった。そのヨウジがカンタの前で死んだ。通り魔からカンタを守って刺されてしまったのだ。自分が死ねばよかったのだと心を痛めたカンタは、ヨウジのところへ行くために嵐の夜をさまよった。

「青いエグジット」。一人っ子の清人は、今日も車椅子から悪態とわがままを吐いている。谷口謙太郎は、黙って耐えるだけだった。ある日、清人はスキューバダイビングに興味を示す。謙太郎はただ黙って、息子のわがままを叶えてやろうとする。

「天国のベル」。息子の耳が突然聞こえなくなった。夫が不倫旅行先で愛人と事故死してから、必至で息子と娘を育ててきた尚美。何も聞こえない息子の耳には電話のベルだけが聞こえるようだ。気晴らしになればと出掛けた旅先で、息子は鳴らない電話の受話器をとりあげて言った。「パパからだったよ」。

「冬のライダー」。高校生の佐伯正平は小学生にも負けるモトクロス・ライダー。ある朝、練習に訪れた多摩川の河川敷で霧のなかに佇む女性に出会う。「へたっぴ」。厳しい言葉を投げつける彼女は、投げやりな言葉で正平にアドバイスするようになった。

「夕日へ続く道」。全てのことが馬鹿らしく思える川本雄吾は、中学校へも行かず、冬の公園のベンチで毎日を過ごしていた。その公園で雄吾は廃品回収の爺さんと知り合う。その爺さんが脳血栓で倒れた。リハビリに付き合っていた雄吾に、爺さんは自分と賭けをしようと持ちかける。

「ひとり桜」。カメラマンの溝口邦弘はお気に入りの桜を撮影していた山深い川辺で、三枝子という女性と出会った。3年前に死んだ三枝子の夫は、邦弘の桜の写真が大好きだったという。夫を亡くして以来、三枝子の時間は止まったままだった。

「ハートストーン」。一人息子の研吾が、頭が痛いと言って倒れた。検査の結果は悪性の脳腫瘍だという。息子に降りかかった不幸に悲しむ久明と志津子。手術を3日後に控えたある日、今度は志津子の父が心臓発作で倒れた。志津子が父の病院にかけつけると、父は手の中に何かを握り締めていた。

感想:全ての物語が安心して読める代わりに、驚くような展開もなかった。それなりに感動することは出来たけど、石田さんの作品にしてはちょっと弱いかな。短編集だからしょうがないのかも知れないけれど、一つ一つの作品に深みが無かったというか・・・。「人を感動させる」っていう思いだけが前に出すぎていたように思う。

かけがえのない物を失って傷を負った人達がそこから立ち直ろうとするには、物凄いエネルギーが必要なはずだ。普通に暮らしている人達が何か新しいことを始めるのさえ、なかなか大変なのだから。そのエネルギーは立ち直ろうとする人の内側から出てくるものだけれど、それに作用する外的要因が必ず存在する。その外的要因がこの作品では弱いのかなぁ。それとも、何かが変わるきっかけなんて、私が考えるよりも不意に訪れる些細なものなのだろうか。

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アキハバラ@DEEP

アキハバラ@DEEP (文春文庫) 

著者:石田 衣良

刊行:2006年9月

評点:★★★★★★★☆☆☆ 7点

ストーリー:「おたく」の集まる街、秋葉原。ある占いサイトで繋がった5人のオタク青年と1人のコスプレ喫茶アイドルが、秋葉原で小さな会社を立ち上げた。会社名は「アキハバラ@DEEP」。社会からドロップアウトした彼らだが、それぞれ人並み以上の才能を持っていた。そんな彼らはネット界に革命を起こすであろう検索エンジンを生み出す。あまりに画期的なその検索エンジンは、その無限の可能性のためにネット界の巨大企業に狙われ、迎合することを拒んだ彼らの手から無理やり奪われてしまう。相手はネット界を代表する巨大企業。だが彼らはおたくの誇りにかけて、奪われた検索エンジンを取り戻そうと立ち上がる。いま、おたくの聖地「秋葉原」を舞台に、ネット界の未来を決める戦いが始まる。

感想:いまや「おたく」という言葉は完全に市民権を得たように思う。「おたく」=「引き篭り」と簡単に結びつける訳にはいかないが、確かに「おたく」には他者とのリアルな関わりを避け、バーチャルなステージでしか自身の存在意義を見付けることができない人種が多い。でも、そんな「おたく」市場が日本経済の重要な一部分を占め始めている。「おたく」が市民権を得たのは、単純に経済的な意味から無視できない存在になったからかも知れない。

秋葉原という街に楽しさを感じる人々が「おたく」なのなら、私も「おたく」ということになる。東京の色んな街に出掛けたが、秋葉原が一番楽しかったし、実際一番通った。美少女フィギアとかに何万円も払う人の気持ちは解らないけど、ガンダムグッズとか見るのは楽しいし、他の街と違って気取ってない。そんな秋葉原が舞台だったので、かなり入って行ける作品だった。でも、私が秋葉原という街を知らなくても、楽しめた作品だったと思う。仲間と同じ目的に向かって頑張る楽しさや、新しいことを始める高揚感が伝わってくる青春小説としても楽しめる。お金に左右されず自分の信じた道を貫くのも、「おたく」は「おたく」なりに自身の誇りをかけて巨大な敵に戦いを挑むのも、若さを感じさせる。

そう、おたくだって仲間を求めるし、誇りを持つし、戦うのだ。自分の大切なものにこだわりを持ちすぎるおたくだからこそ、その思いはより強いのかも知れない。擬人化された検索エンジンが、最後にそんな彼らと心を通わせるシーンは、「未来はこうあって欲しい」と思わせるものだった。

アキハバラ@DEEP

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