東野 圭吾

殺人の門

殺人の門 (角川文庫)

著者:東野 圭吾

刊行:2003年8月

評価:★★★★★★☆☆☆☆ 6点

ストーリー:倉持修。幼い頃に出会った彼のせいで、私の人生は完全に狂ってしまった。人生の節目節目、親の離婚、転校、初恋、就職、結婚、その度に倉持は現れた。いつからか私は倉持を殺そうと心に決めた。私の人生を、そして多くの人を不幸にした倉持を。そのチャンスは度々訪れた。でも、その度に私には出来なかった。殺人者になるために必要なものとは何なのだろう。衝動的な殺人ではなく、秘めて抱き続けた思いを本当の行為に変えるとき、人に殺人の門を越えさせるものとは何なのだろうか。

感想:主人公 田島和幸の人生。なんて不幸で悲しい人生なのだろうか。それがたった一人の男によって導かれたものだとしたら・・・。それだけで十分殺意となりそうな気がします。でも和幸にはできなかった。そうさせないことが倉持の不思議な魅力だったのでしょうか。

和幸の人生が変わってしまった大きな理由。もちろんそれは倉持という存在なのですが、和幸自身が彼との関係を切れなかったことが最大の理由だったと思います。「いつか彼を殺すため」だとしても、彼との関係を切れなかった。私なら、「殺そう」と思う前に関係を断つと思います。彼から近寄ってきても、思いっきり拒否します。危ない匂いを漂わせる倉持の誘いに、何度も騙されながらそれでも乗ってしまう和幸の弱さ、愚かさが不幸の根っ子にある気がしてなりません。

でも、関係を断てない、そうすることが出来ないように話が展開して行きます。それが東野さんの凄いところなのでしょう。自分で選んだ人生のはずが、実は他人の掌の上で転がされていたなんて、そしてそれに気付かずにいたなんて、全てが判ったとき人生に絶望してしまいます。その恨みからでなく、そんな死神から逃れたい一身で、人は殺人の門を超えるのでしょうか。

倉持修。彼が悪に心を染める切っ掛けは和幸に対する嫉妬だったのかも知れませんが、私には生まれながらの悪だと思えました。「白夜行」や「幻夜」では女性の「悪」を描いた東野さん。今回は男性の「悪」が描かれていました。正直、女性の「悪」のほうが作品としては楽しめました。それは「悪」の女性は主人公で、「悪」の男性はそうでなかったという違いがあるのかも知れません。ただ、女性の「悪」のほうが、美しく悲しく残酷で深いような気がします。そんな私の考えを覆すような「悪」の男性を主人公にした長編東野作品に、いつか出会いたいと思います。

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幻夜

幻夜 

著者:東野 圭吾

刊行:2004年1月

評価:★★★★★★★★☆☆ 8点

ストーリー:阪神大震災直後の廃墟の中で、水原雅也は叔父を殺害した。それを目撃していた一人の女、新海美冬。美冬はそのことについて何も語らず、代わりに言った。「こんなところ、一緒に出て行こう」と。東京へ出た二人。美冬を愛するがゆえに、美冬が望むまま犯罪に手を染める雅也。すべては二人が幸せになるために。そのためにはもう、二人は昼間の道を歩けない。裏の顔を隠し成功の階段を駆け上がっていく美冬。本当の彼女を知っているのは自分だけだと信じていた雅也は気付く、いつかきっと来ると言われた二人の幸せは美冬の偽りの言葉だと。そして、新海美冬という存在でさえ偽りであることを。彼女はいったい何者なのだろうか?どこへ行こうとしているのか・・・

感想:本作は「白夜行」の続編。東野さんはそのことを明確にしておらず、違うと考えるファンもいるみたいだが、私は続編であると信じて疑わない。「白夜行」の主人公だった雪穂が亮司を失ってからの物語だと考えるだけで、単独でも十分楽しめる本作はもっと深みのある作品になる。新海美冬はただの妖艶な悪女でなくなる。

「白夜行」のラストには衝撃を受けたが、この「幻夜」のラストもそれに負けないものだった。読んでいる途中、全体的な作品の印象は「幻夜」の方が優れているように感じていたが、そんな些細な感想なんて関係なくなるくらい最後は思いがけないものだった。

「幻夜」は「白夜行」の続編なのか違うのか、二通りの解釈が出来るように、その他のことについても東野さんは読者によって解釈が分かれるような書き方をワザとしているように思う。例えば「幻夜」のラストシーン。最初私は単純に、雅也は無念だっただろうと思った。そして直ぐ思い直した。雅也は美冬を守ったのだと。恨んで殺そうとしていたに違いない、そんな対象となってしまった美冬の幸せを脅かす存在が現れた時、雅也はその存在を排除しようとしたのだ。そう思うようになった。そう考えながら読むと、最後の美冬の微笑がより妖しく思えてきた。でも、本当はどちらなのだろうか。

もう一つ、「幻夜」を読んで迷うようになったことがある。「幻夜」が「白夜行」の続編であるなら、美冬(雪穂)の中の「悪」は亮司を失う前と後でどう変ったのだろうか。もし、何も変ってないとしたら、亮司さえ雪穂にとっては自分が成功するためのコマでしかなかったことになる。「白夜行」だけを読み終わった時、私は二人の絆の強さを感じたが、「幻夜」を読み終わった今、迷うようになった。個人的には、亮司を失ったことで雪穂の「悪」がより深くなったと信じたい。二人の絆と亮司を失った雪穂の孤独は、それほど深いものだったと信じたい。もし、いつか「白夜行」「幻夜」に続く作品が発表されるとしたら、それは明らかになるのだろうか。それともまた迷うようなことが増えてしまうのか。

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嘘をもうひとつだけ

嘘をもうひとつだけ (講談社文庫) 

著者:東野 圭吾

刊行:2000年4月

評点:★★★★★★☆☆☆☆ 6点

ストーリー:一人の刑事が関わった事件を集めた短編集。

「嘘をもうひとつだけ」。バレエ団の事務局で働く女性がマンションのバルコニーから転落死した。自殺として捜査が進むが、練馬署の刑事 加賀は同じマンションに住む元ダンサーの女に疑いの目を向ける。彼女の動機。それは15年前の彼女の最後の舞台にあった。

「冷たい灼熱」。田沼洋次が会社から帰宅すると、妻は絞殺され一歳の息子の姿が消えていた。事件から一週間後、加賀は田沼をつれてある駐車場を訪れた。息子の死体が見つかったと話す加賀に田沼は吐き捨てた。「馬鹿な女です」と。

「第二の希望」。母 真知子の夢は娘の理沙を体操でオリンピック選手に育てること。離婚の原因となってもその夢を追いかけ続けた。ある日、真知子の恋人が殺された。加賀の追求に真知子は自分が殺したと打ち明ける。そんな真知子に加賀は悲しげな目をして言った。「それがあなたの第二希望ですか」。

「狂った計算」。坂上奈央子は一週間前に夫 隆昌を交通事故で亡くした。ふさぎこむ奈央子を加賀が訪ねてきた。奈央子の家を担当した建築士 中瀬が行方不明だと言う。加賀が帰ったあと、奈央子は「幸伸さん」と呟いた。それは中瀬の下の名前だった。

「友の助言」。加賀の大学時代の友人 萩原保が居眠り運転で交通事故を起こした。見舞いに訪れた加賀は、保の妻が病室を出たあとで、保に事故があった日の事を詳しく訪ねだした。平静を装う保に加賀は言った。「睡眠薬だよ」。

感想:東野さんの短編集を読むのは本作が始めて。なかなか面白かった。本作の全ての作品が、物語の最初で大体犯人が誰なのか分かるようになっている。短編のため登場人物も少なく、犯人の目星をつけることはそれ程難しくない。問題は、その犯人をどうやって追い込んでいくかだ。そこに刑事 加賀の鋭い洞察力が発揮されている。

分かりきった犯人に対して、外堀を埋めるようにじわりと追い込んで行き、最後には自白させる。「古畑任三郎」みたいなものだが、古畑と加賀は全くタイプが違う。何となく加賀には、犯人達の嘘を暴く「悲しさ」みたいなものが感じられる。犯人が語る矛盾を鋭く突いて追い込むところは古畑も加賀も同じだが、古畑が反論の余地も無いほど理詰めで犯人を論破するのに対して、加賀は静かに矛盾を付き付け犯人に自ら罪を告白させている。

幸い私はこれまでの人生で刑事と関わることがなかったが、本物の刑事もこれほど洞察が鋭く、言葉の中に潜むわずかな矛盾や嘘に敏感に反応するものなのだろうか。もしそうなら、気の弱い私が尋問されたら残念ながらイチコロだろう。

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白夜行

白夜行 (集英社文庫) 

著者:東野 圭吾

刊行:1999年8月

評点:★★★★★★★★☆☆ 8点

ストーリー:19年前、1973年、大阪のある廃墟ビルで男の死体が発見された。複数の容疑者が浮かび上がるが決め手となる証拠が無く、事件は迷宮入りする。事件は過去のものとなり、そして成長してゆく被害者の息子と容疑者の娘。二人は交わることなく、全く別々の人生を歩んでいった。犯罪に手を染めながら金を稼ぐ息子と、美しく成長する娘。二人が大人になっていく過程、その周りで起こる幾つかの事件。そして二人に疑惑の目を向け19年間追い続けてきた元刑事が、ついに証拠の欠片に辿り着く。元刑事が最後の舞台に辿り着いた時、暗い眼をした少年と美しい少女の物語は、悲しい最後を迎えるのだった。

感想:途中、これ程のエンディングが最後に用意されているとは予想もしていなかった。読みながら珍しく、「これは小説よりも映像化されたほうが楽しめる作品では?」と思った。小説が映像化されてがっかりすることが多いけど、この小説に関してはなんとなく映画やドラマにするほうが良いように感じたのだ。「そこまで説明しなくても、この出来事とあの出来事がリンクしてることぐらい判るって」と感じるところが幾つかあって、正直、小説としては普通の作品くらいにしか評価していなかった。ただ、作品のドロドロした部分が映像化されたときに、よりエンターテイメント性が高まるだろうなと思ったのだ。

そんな感想がエンディングで一変した。あの最後のシーンの哀しさを、映像で伝えることが可能なのだろうか?何年か前に「白夜行」はドラマ化されたはずだ。私は見ていないが、ドラマのラストはどう表現されたのだろう。お願いだからこの作品のエンディングの素晴らしさをスポイルするものであって欲しくない。

最後のシーン、娘の態度は一見冷酷に写る。だがその冷酷さに、二人の壊れた心の痛み、傷ついた心を抱えながら二人が如何に互いだけは信じあっていたか、常人には理解できない二人の強い繋がりを感じた。作中、息子の方には人間的な心を感じることができる部分もあった。でも娘の方は、徹底して冷酷そのものだった。しかもその冷酷さが明確に表現されていないにもかかわらず、100%悪としか感じることができなかった。それだけに、最後の最後で娘の傷ついた心の哀しさが迫ってきた。

この作品では、捕まった犯人によって事件の真相が語られるというようなこともなく、事件のその後が書かれている訳でもない。それでも、これ程心に残るエンディングを作り上げることが出来るのか。今まで私が読んだ作品から抱いていた東野圭吾に対するイメージとは随分違った作風だったけど、東野圭吾の作品の中では一番良かったと思う。

白夜行 完全版 DVD-BOX

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手紙

手紙 (文春文庫) 

著者:東野 圭吾

刊行:2003年3月

評点:★★★★★★★★☆☆ 8点

ストーリー:弟に大学へ行ってもらう事が望みだった兄は、そのお金を手に入れるため出来心で盗みを働き、そこで衝動的に家人を殺してしまう。残された弟は『強盗殺人犯の弟』として暮らしていかなければならなくなった。獄中から毎月1回、律儀に届く兄からの手紙。だが弟はその兄のため、進学、就職、恋愛、そして夢までも諦めなければならない人生を送っていた。人の罪は何時償えるのか。犯罪者の家族に対する世間の差別は理不尽なものなのか。ある日、一緒に『刑罰』を受け続け苦しみ続けた弟は気付く。自分の家族を守るために、自分がしなくてはならないことを。

感想:「犯罪者自身」ではなく「犯罪加害者の家族」の視点で、「犯罪自体」ではなく「贖罪の過程」を描いているという点で、今まで私が読んだ小説とは少し違っている。そして非常に考えさせられる内容だった。

「犯罪加害者の家族に対する差別は当然だ」。これは道徳的に正しいかどうかは別にして、人間の普通の感情であることは確かだろう。なら、その「犯罪加害者の家族」や「その者の新しい家族」は一生差別され続けなければならないのか。例え何も知らない何も解らない幼い子供だったとしても、それを受入れなければならないのか。作者はこの問題に対して、一つの答えを出している。もちろんこれは作者なりの答えであり、万人に受入れられる正解ではないと思う。ある意味「そうしなければ仕方ない」という消去法的回答とも言えるだろう。でも、作者が示した答えが「それも含めて犯罪者が受入れなければならない罰である」という考えは理解できる。自分が犯罪者ということを周りの人間が知らないとしても、被害者のために罪を背負って生きるという意味では、例え刑務所を出たあとでも十字架を背負い続けるべきだと思う。

最後に沢山の受刑者の中から兄を見付けた弟はどんな気持ちだっただろう。思いがけず目の前に現れた弟を目にした兄は何を思ったのか。二度と交わることがないかも知れない二人が、最後に、人知れず静かに再会する場面は、感動的なエンディングだった。

手紙 スタンダード版

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