真夜中の五分前
著者:本多 孝好
刊行:2004年10月
評点:★★★★★★★☆☆☆ 7点
ストーリー:大学時代の恋人はいつも時計を5分遅らせていた。6年前、突然その恋人を事故で失ってから、僕の時間は5分ずれたままなのかも知れない。そんな僕は、かすみという女性と知り合った。彼女は一卵性双生児。妹の名はさゆりと言った。僕はかすみから決して誰にも語ることのできない胸に秘めた恋を聞かされた。絶望的な恋愛に苦しむかすみ。かすみは僕のこころにある何かを大きく崩し、そこから現れたものに僕は愛という名前を付けた。
そして2年後、ひとりの男が僕を訪ねてきた。さゆりの夫であるその男を目の前にすると、僕はかすみやさゆりを思い出さない訳にはいかなかった。だから二度と彼には会うまいと決めていた。だが、僕の前に現れた男は、彼が抱いた信じられない疑念を口にした。「考え過ぎですよ」と僕は答えた。それから僕の耳元で悪魔が囁くようになった。かすみは本当にお前を愛していた?だいたい、愛って何だ?
感想:この本を2冊に分けたのは、多分マーケティング的な戦略からではないだろうか。1冊にまとめても厚さ的には全く違和感がないはずだ。「上」「下」ではなく「side-A」「side-B」としているところにもマーケティングの匂いを感じる。そしてそれは成功している。
「side-A」を読み終えたとき、あまり共感できなかった。なんと言うか温度を感じなかった。あまりにも都会っぽくスマート過ぎるというか、愛というものを冷めた目で見過ぎていて、そして「そのことにも私は気付いてますよ」って感じの主人公。そのまま終ってもまぁ作品としては成立しそうな気がするけど、普通の出来という感じだった。そして「side-B」。前半で既に引き込まれてしまった。恋愛ではなくミステリーとしてだけれど。「今目の前にいるのはかおりなのか、さゆりなのか?」。「side-A」は前フリだったのだ。読んでみて確かに「上」「下」よりも「side-A」「side-B」のほうがしっくり来る。
ミステリー的な部分に惹かれはしたけれど、この作品で語られる「愛」についても考えさせられる。愛って何なのだろう?目の前に居る人が、恋人と同じ記憶と同じ遺伝子を持つ別人だったとして、その人を恋人と同じように愛することに何の問題があるのか? そこにあるものを「愛」と認識するにはまだ若すぎた時に、主人公は恋人を失った。「愛」と認識出来ていなかったからだろうか、主人公はそれを悲しむことが出来なかった。そのことが主人公に「愛」を解らなくさせてしまった。そんな主人公の前に現れた一卵性双生児との「愛」とその後の出来事は、主人公をただ混乱させたのではなかったか。主人公がクールなだけに、その寂しさが伝わってくる気がした。偉そうに「愛」を語る資格なんて私にはないけど、そう思った。
物語の後半、昔の恋人の墓参りをするシーン。私はこの場面が一番印象に残った。「なあ、今の君に今の僕はどんな風に見える?」。主人公に込み上げてくる衝動。ただ泣き続ける主人公。主人公が恋人をかつて愛していたことを自覚した瞬間だ。このときの主人公はクールじゃなかった。そしてその後の主人公は少し変った。そんな主人公を私は好きになった。
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