荻原 浩

コールドゲーム

コールドゲーム (新潮文庫)

著者:荻原 浩

刊行:2002年9月

評価:★★★★★★☆☆☆☆ 6点

ストーリー:高3の夏休み、渡辺光也は高校野球地区予選で敗れてから特に目標も無くダラダラと過ごしていた。そんな光也に幼馴染の亮太から連絡が入る。中学時代のクラスメートが次々に襲われているという。それも事前に奇妙な犯行予告までされて。亮太は中学時代のイジメられっ子 トロ吉が犯人だと決めつけ、返り討ちにすると意気込む。トロ吉の名前を聞くまで、光也はその存在をまったく忘れていた。あの頃も自分はトロ吉を見ないようにしていたのだ。火の粉が自分に降り掛からないように。

感想:主人公の光也と私はとても良く似ています。私も学生時代、イジメることもイジメられることも無く過ごしました。そして周りにはイジメが存在していましたが、それに対して何もしませんでした。少し違うのは、私は「自分に火の粉がかかるから」何もしなかった訳で無く、ただイジメの対象が特に仲の良い友達ではなかったから自分には関係の無いことだと思っていたのです。振り返ると、これってとても酷いことですね。

復讐されるイジメていた側の言い分は、正に自分勝手。「あんなことぐらいで」「今更ナンだ」「あいつのほうが酷いことしてたのに何故俺まで」、そして「トロ吉のくせに」。イジメていた方が悪いと言い出すものは一人もいません。一人、勘違い正義感女の元学級委員長を除いて。そんな元学級委員長でさえ復讐の対象になったのですから、彼女の勘違い正義感もイジメだったってことでしょう。つまり誰も真剣にトロ吉の気持ちなんか考えてなかったってことです。

とは言うものの彼らも後ろめたさは感じています。自分達のイジメがバレるからと警察に相談しなかったのがその証拠です。心の奥では悪いと認めていながら口には決して出さず、イジメられる方に責任を転嫁する。この辺がイジメのリアルにいやらしいところで、その点をリアルに描いているところがさすが荻原さんって感じです。本作には元クラスメートとして沢山の名前が登場します。ちなみに私の名前も登場して、ドキッとしてしまいました。イジメに関わった或いは関わっている人達が本作を読んで、自分と同じ名前が出てきた時、どう感じるのでしょうか。それも狙って、荻原さんは色んな苗字を作品中にちりばめているような気がします。

イジメが悪いことはみんな知っています。でもイジメは無くなりません。それは大人になってもです。イジメは止めようとみんな言います。でも誰もその方法が解りません。本作も「イジメは悪い」「イジメを止めよう」とかの奇麗事は言ってません。ただ、読み終わるとイジメについて考えてしまいます。

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明日の記憶

明日の記憶 (光文社文庫) 

著者:荻原 浩

刊行:2004年10月

評点:★★★★★★☆☆☆☆ 6点

ストーリー:広告代理店に勤める佐伯は部長として忙しい毎日を送っていた。仕事のストレスだろうか、良く眠れない日が続く。最近は物忘れも酷くなってきたようだ。軽いウツかもと訪れた病院で佐伯に告げられた病名は「若年性アルツハイマー」だった。少しずつ過去の記憶が消えていく、自分が自分でなくなっていく恐怖。この仕事が片付くまで、娘の結婚式まで、孫を抱くまで。なんとか時計の針を遅らせようとする佐伯だったが、病は佐伯の思い出を奪っていく。仕事を辞め、娘が結婚し、孫も抱いた。病の進行は止められない。何時か妻の顔も、娘の顔も忘れてしまうだろう。佐伯は若い頃通っていた山深い窯場をひとり訪れた。わずかに残された懐かしい記憶と共に。

感想:荻原さんらしくない、と言えば失礼だろうか、とても重いテーマだった。それでも人の絆が美しく描かれている。記憶があっても無くても、人は一人では生きられないということを改めて思った。

過去の記憶が無くなっていくことの恐怖。それが物凄く伝わってきた。主人公はまず、「記憶」が無くなることを恐れた。仕事の約束、取引先の担当者の顔と名前、目的地の場所や道順。これらは生きていく上で「実務的に」必要なことだ。やがて主人公は「思い出」が失われていくことを哀しむようになる。妻との生活、娘の成長、抱いた孫の命の重さ。これらは生きていく上で「本質的に」必要なことだ。自分を自分として形成する根幹を成すもの。それらを失うことを、哀しむことすらやがて出来なくなってしまうのだ。想像することしかできないが、恐ろしく、悲しい。本人だけでなく、周りにいる大切な人も同じだろう。

最後の窯場の一夜は、生きるということ考えさせる。現実感の無い不思議な場面だった。でも、記憶を無くしても生きていることは間違いない。それは支えてくれる大切な人がいることによって証明される。たとえ自分では解らなくても。物語の最後、主人公に自分の名前を告げる妻。じっと前を見つめていた横顔をきっぱりとこちらに向けて。これからもこの人と生きていくという覚悟が伝わってくる。「いい名前ですね」主人公に言われて彼女は少しだけ笑う。過去の記憶を無くしても、主人公にはまだ明日がやってくることを教えてくれる。

明日の記憶

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誘拐ラプソディー

誘拐ラプソディー (双葉文庫) 

著者:荻原 浩

刊行:2001年10月

評点:★★★★★★★★☆☆ 8点

ストーリー:半端な前科者 伊達秀吉。世話になった親方をブッ飛ばし、当ても無く飛び出したある日、一人の金持ちの子供 伝助と出会う。家出希望の伝助の出現に「確変リーチ」を予感した秀吉は、張り切って誘拐を企てた。ところがこの伝助はなんと指定暴力団「八岐組」組長のご子息だった。そんなこととは露知らずのん気に身代金を要求した秀吉は、ヤクザはもちろん警察や何故かチャイニーズマフィアにまで追いかけられることに。誘拐犯罪史上最も運のない秀吉は、この状況から逃れることができるのだろうか。

感想:さすが荻原さん、面白い。何時も感じる読後のなんとも言えない感じはどこからくるのだろうか。感動的で、爽やかで、未来に希望が持てて、少しノスタルジックで、登場人物たちの全てが素敵で。

交わされる会話や文体は軽いのだけれど、それでいてシリアスなところはしっかり書かれている。人物描写や過去の背景もしっかり物語全体に影響を与えている。読みやすいから引き込まれ、クオリティが高いから軽いだけで終わらない。構成もすごくイケてる。誘拐した子供の父親がヤクザの組長だとわかったとき、その後の展開がどうなるのかワクワクして仕方が無かった。と、いろいろ理屈っぽく考えても、やっぱり理屈ぬきに面白い。

物語の最後、秀吉と伝助の別れの場面。他の荻原作品と同じように、最後の場面は何とも言えない雰囲気をつくりだしている。感動的だ。嘘をつくとふくらむ秀吉の鼻の穴はふくらまなかった。伝助に言った言葉が嘘じゃなかったからだ。二人が声をそそえる「約束は守るためにあるんだ」。本当にいいコンビ、いい誘拐犯と被害者だ。「これから刑務所へ行くというのに、降りそそぐ花吹雪は、まるで秀吉の門出を祝うかのようだった」。きっと秀吉はやり直せる、そう思わせる。秀吉がやり直せるのは伝助のお陰だ。自分が誘拐した伝助の。ヤクザの息子を誘拐した秀吉は運に見放されたようでいて、実は誰よりもツイていた。人生をやり直せる切っ掛けを与えてもらったのだから。いつかきっと、二人でSLを見に行くだろう。約束は守るためにあるのだから。

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なかよし小鳩組

なかよし小鳩組 (集英社文庫) 

著者:荻原 浩

刊行:1998年10月

評点:★★★★★★☆☆☆☆ 6点

ストーリー:倒産寸前のユニバーサル広告社に思いがけず大きな仕事が舞い込んだ。CI、企業イメージ統合戦略。ところがこの仕事の依頼主は指定暴力団小鳩組。脅しにおされて仕事を請けてしまい何とかプレゼンだけは済ませたものの、腹話術の人形みたいな組長と強面の幹部達に新たな無理難題をふっかけられる。四十周年記念イベントの開催とTVCM制作。アル中バツイチコピーライターの杉山は、このピンチを乗り切ることが出来るのか?

感想:荻原さんの小説を読むと何時も「言葉の使い方がうまいなぁ」と感じる。もともとコピーライターだったそうだが、そのままコピーライターを続けていてもかなりの人物になったんじゃないの。

文章のいたる所どころか一文一文にひねりがあったり、嫌味があったり、スパイスが効いているので読んでいて全然飽きない。そんなピリッとくる流れの中で、不意に染みる一言が紛れ込んでいるのも荻原さんの特徴の一つ。「幸せは比べるものじゃないわ」「不幸は比べることから始まるのよ」。なんて深い一言だろうか。さらに荻原さんらしいことに、この言葉をしゃべっているのは小学2年生の女の子で、意味が分かっているのかどうか知らないが昼ドラのセリフを真似ただけ。普通にシリアスな場面で同じセリフを言われるよりも、よっぽど心に残る。また、この女の子のキャラが抜群にイカしているから尚更だ。

いつもの荻原作品と同じく、この作品でもラストはじーんとさせられた。お涙頂戴の展開じゃないのに、親子の愛情がひしひしと伝わってくる。個人的な希望を言えば、杉山と娘の早苗がまた一緒に暮らせればどんなに素晴らしいかと思う。でもそれは恐らく叶わないのだろう。離れて暮らしていく中でこの二人が今後どうなっていくのか、せめてそれだけでもいつか見てみたいと思う。

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オロロ畑でつかまえて

オロロ畑でつかまえて (集英社文庫) 

著者:荻原 浩

刊行:1998年1月

評点:★★★★★★☆☆☆☆ 6点

ストーリー:奥羽山脈の山麓にある牛穴村は典型的な過疎の村。その牛穴村で、青年と呼ぶには少々気が引ける青年会の8人が会議をしていた。「このままでは祭りのみこしが担げない」。青年会唯一の大卒(しかも東京の)慎一は、広告代理店に「村おこし」を頼むことを決意する。東京で慎一が出会ったのは倒産寸前のプロダクション、ユニバーサル広告社。月末の支払がピンチだった社長の石井はなんとかこの仕事を受注しようと、何もない牛穴村でとんでもないキャンペーンを計画する。「牛穴湖に謎の巨大生物ウシアナザウルス出現!!」。ウシアナザウルス改めウッシーの出現で、村はとんでもない大騒ぎに巻き込まれた。

感想:荻原さんのデビュー作。デビュー作だけにその後の作品と比べると、さすがに「もう少し」ってところがあるけれど、その後の荻原さんの活躍を予感させるに十分な内容だったと思う。文章が軽快でユーモアに富んでいて、登場人物のキャラクターも立っている。ところどころに散りばめられた皮肉や、いいかげんなサブキャラクターの存在も荻原さんらしい。

ユーモア小説なのに心にしんみりくるところも荻原さんならでは。「自分ん家の庭で見つからねものは、どこ行ったって見つらね」。「世間の人はオラたちより、ずっといいめを見てるんでねかとか、楽しい思いしてるでねかとか、思ってね。でも、そうでもねぇようだし」。田舎の人間は都会に憧れ、都会の人間は田舎暮らしに憧れる。人間はどこまでいっても無い物ねだりで、他人の芝が青く見えるもの。私も本書を読んで牛穴村に憧れたけど、行けばきっと今の暮らしのほうが良かったと勝手なことを思うだろう。

ユーモア小説でありながらしんみりと人生の本質を説いてくれるところが荻原さんの良さ。ユーモア小説なのにユーモアだけで終わらない作品はなかなかないので、私は荻原さんの作品が好きなのだ。というか、ユーモア小説自体が、ミステリー小説や恋愛小説に比べて少ないように思う。荻原さんにはこれからも貴重なユーモア小説を書き続けて頂きたい。

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ハードボイルド・エッグ

ハードボイルド・エッグ (双葉文庫) 

著者:荻原 浩

刊行:1999年10月

評点:★★★★★★☆☆☆☆ 6点

ストーリー:ハードボイルドな私立探偵を気取る最上俊平。どんなに難解な事件もスマートに解決し、美女は向こうからやってくる・・・はずが、実際は明治生まれの婆さん秘書に振り回されながら迷子のペット捜査ばかりする毎日。だがある日、私設動物園を運営する知人夫婦の父親が殺された。しかも犯人は「犬」。背後には地上げに絡んだヤクザの影が。最上は殺人事件の犯人(の犬)を追うことになった。この事件に、最上以上にふさわしい探偵がいるだろうか。

感想:現実がどうであれ空想の世界では、常に最上は憧れの探偵「フィリップ・マーロウ」のよう。主人公が憧れるハードボイルドと現実のギャップが、いろんな所に散りばめられて面白い。しつこいくらいに「空想の」ハードボイルドな世界が出てきて、本当は180°違うことを読者は気付いているけど、解っていても思わず笑ってしまう。特に婆さんとの掛け合いは絶妙だった。

物語の構成も上手いと思う。「この事件に私以上にふさわしい探偵がいるだろうか」と言われると、確かに「いない。」と思ってしまう。真相も意外なところに有ったし、ミステリー小説としても楽しめる。以前、同じように「ハードボイルド探偵小説」を売りにした小説を読んだ。これまた同じように「全くハードボイルドじゃない」男が主人公だったけど、はっきり言って作品のレベルが全く違う。

最後に綴られている「その後」は、他の荻原作品と同じようにシンミリとさせられた。ハードボイルドに成り切れないけれど、最上は優しくて、強くて、信念を貫く男だと思う。これからもペット相手に自称ハードボイルドを貫いて行くだろう。

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メリーゴーランド

メリーゴーランド (新潮文庫) 

著者:荻原 浩

刊行:2004年6月

評点:★★★★★★★☆☆☆ 7点

ストーリー:田舎の市役所でのんびりした日々を過ごしていた遠野啓一は、新しい部署に移動になった。移動先は「アテネ村再生対策室」改め「アテネ村リニューアル促進室」改め「アテネ村リニューアル推進室」改め「アテネ村リニューアル推進室 準備室」改め・・・。その役目は膨大な赤字を毎年垂れ流す、第三セクターのテーマパーク「アテネ村」を再建すること。事なかれ主義の公務員体質にどっぷり漬かった組織の中で、平凡なパパだった啓一は奮闘する。一癖も二癖ある仲間達と協力して、啓一が企画したイベントは大成功を収めて終了し、「めでたし、めでたし」。「これからも皆でアテネ村を素敵なテーマパークにしていこう」となるはずだったのだが・・・

感想:荻原浩の作品を読むのはこれが2作目。前によんだ「神様からひと言」も面白かったし、この作品もかなり楽しめた。基本的なストーリーは良く似ている。平凡な主人公、保身ばかりでやる気の無い組織、非常識極まりないくせに何故か主人公を諭し導くサブキャラクター。そして、単純なハッピーエンドとはいかないエンディング。

今回の作品では時々、主人公が昔所属した劇団の芝居が挿入されている。あらすじだけが語られているのだけれど、このあらすじが中々興味深く、また全体のストーリーにとって重要な意味を成している。特に「豆男」の話は深い。最後のセリフ「千年先までそうしてろ」は公務員だけでなく世の中全体を的確に風刺した言葉だと思う。

単純なハッピーエンドにはせず、明確な答えが用意されている訳でもないのに、妙に心に染みる最後が用意されているのも「やるなぁ」って感じ。イベントが成功して「良かったね」だけでも、それなりに楽しめる作品だったと思うけど、「イベント後」が描かれることによって、この作品自体が物凄く深みのあるものになっている。表現はとても軽く軽快なのに、何故か読み終わった後に心に残るモノがある。「神様からひと言」もそうだった。小説の最初と最後で主人公の周りは結局何も変わってないはずなのに、なぜこんな気持ちにさせられるのだろう。

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神様からひと言

神様からひと言 (光文社文庫)

著者:荻原 浩

刊行:2002年10月

評点:★★★★★★★★☆☆ 8点

ストーリー:大手広告代理店を辞め「珠川食品」に再就職した佐倉涼平は、新製品開発会議に参加していた。代理店時代の経験を活かし張り切ってプレゼンに望んだ涼平だが、「派閥」「保身」「慣習」に囚われた上司達によって、そのプレゼンはとんでもないトラブルを引き起こし終了する。そして涼平はリストラ要員として「お客様相談室」に送られしまうのだった。理不尽なクレームやただの愚痴に振り回されるうち、涼平は会社の無責任体質を痛感するようになる。今にも会社を辞めそうになりながら「家賃の為に」と続けるうちに、涼平の心に変化が起こり始めた。そして、ひょんなことから新製品プロジェクトに復帰を果たした涼平は、一大決心をして再びプレゼンに望むのだった。

感想:多分この作者の作品を読むのは初めてだと思うけど、面白い。映画の「シティスリッカーズ」みたいにサラリーマンに元気を与え、「摩天楼はバラ色に」みたいに最後に逆転ホームランをかっとばす、って感じ。しかも、「逆転ホームランをかっ飛ばした後そのまま会社の重要なポストについて・・・」みたいな安っぽい終わり方をしないところがイイ。世の中はそんなに甘くない。結局涼平は会社を辞めたのだろうけど、会社は何も変わりはしないかもしれないけど、それが現実ってもんだろう。涼平自身も変わってないのかも知れない。でも、自分自身は自分のしたことに納得しているだろう。それがきっと大事なことなんだろうと思う。

あと、お客様相談室の先輩、篠崎がとても良い味を出していた。ただ軽いいい加減なだけのキャラなのかと思わせといて、仕事は出来るし色々と考えても居る。でもそれを表に出さず自慢もしない。ただ、ひたすら軽いしいい加減。こういう人って、実は会社に必要だったりするのだろうけど、評価はされないのだろうな。

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